PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)を歩くハイカーにとって、最大の難所であり、最高のハイライトでもあるのが「シエラネバダ山脈(シエラ区間・中央カリフォルニア)」です。僕も、この区間は非常に楽しかったです。
標高3,000m級のパス(峠)が連続し、雪の状態によって難易度が劇的に変わるこの区間。今回は、6月上旬にシエラ入りした僕の実体験をもとに、必要な装備、積雪への対策、具体的な行程について詳しく解説します。
シエラの玄関口:ケネディメドゥズサウス(KMS)での準備

シエラに入る前の最終拠点、ケネディメドゥズサウス(KMS)では、砂漠セクションとは全く異なる「雪山仕様」への装備変更が必須です。この直前まで砂漠区間(モハーベ砂漠)を歩くことになります。急激な標高上昇と共に気温変化も激しいので体調管理にも注意しましょう。
必須装備とTOPOシューズの感想
実際に僕が歩いた際には次のような装備を追加しました。
- ベアキャニスター
- マイクロスパイク
- ダーンタフソックス(壊れたので交換した)
- TOPOのシューズ(ハイカーボックスで拾った靴はデカすぎて大変だった)
ここで必須の追加装備となるのは、「ベアキャニスター」「マイクロスパイク」のみです。6月中頃でも残雪がひどく、マイクロスパイクなしでは難しい所が多々あります。6月末になれば雪が溶けるようです。
ここで靴の交換をする選択をしたのですが、これに関しては正解でした。TCOというお店で購入できる靴で、アメリカではメジャーな印象です。いろんな人が使っているのでいい靴だと思われがちなようです。ただ、実際に利用したハイカー内での評価は半々といったところですね。
topoシューズを実際に利用した感想
個人的な感想としては、TOPOのシューズはクッションが良くないのと頑強さがない印象です。特にクッション性に関しては酷く、1日持ちませんでした。KMSを出発し20mileほどで完全に死に絶え、それ以降はクッションの無くなった靴で歩いた印象です。自分の友人であるハイカーも、この靴に交換し足を故障してしまいました。
topoの靴は安く入手性が高い所は高評価です。トレイル向けのショップでは、多くの場合topoの有名な靴を販売しています。安価なモデルが多く、使いまわしをする分には最適です。使いまわしをするのであれば、インソールの購入をしておきクッション性などを改善するのが良いと思います。
一方で、「この靴は最高だ!」という人とも出会いました。彼が言うには、早く交換していけば最高の状態を保てるとのことです。PCTで7足ほど利用する予定らしく、1000km以内にクッションが駄目になり、アウトソールの目減りを実感したら交換していくようです。
KMSのショップについて
KMSにあるジェネラルショップに行けば、TCOではなく2 Foot Adventureがあります。こちらでは、アルトラの靴を購入可能です。PCTパーカーなどはこのお店で購入可能です。TCOに行くには、ジェネラルストアから出ている2時間に一本程度の無料バスで、グランピーレストラン(grumpy bear)に向かう必要があります。
レストランの裏手には、ハイカー向けの無料シャワーと洗濯機があります。ここで英気を養いながら、他のハイカーと情報交換をするのがベストです。キャンプ場の利用は、お店の方に一言伝えると場所と使い方の説明を受ける事ができます。
リサプライに関しては、一つ前の町からパッケージを送るかTCOで購入するかの二択です。僕はTCOでの購入を行いました。値段は比較的安価(街の値段)で購入可能です。オーツからラーメンまでなんでもありますが、特殊なものは少ないでしょう。
ベアキャニスターの扱いに関するアドバイス
PCTを歩く際に日本でベアキャニスターを購入して送る人が多いです。しかし、調査してみれば分かりますが、ベアキャニスターはレンタル可能です。これに関してはPCTAのサイトやTCOのサイトで確認可能です。
- KMSでレンタル:KMSでベアキャニスターをレンタル可能。借りる時にはデポジットを支払い、返却が確認されたら返金される。日本では使う事がないので、購入せずともよいが2025年以降、ワシントンでも必要となるので借りられる期間は聞いておくのが吉です。
- 返却は郵便局から: レンタルしたキャニスターは、シエラを抜けた後の郵便局から郵送で返却できるため、荷物を最小限に抑えられます。(北カリフォルニアにある、シエラシティまでは持ち歩く必要があるので要注意だ)
ベアキャニスターを「超重量物」ととらえるか「安心装備」と捉えるかでこの後のハイカーの動向が大きく変化していきます。シエラ以降も常に所持しているハイカーも少なくありません。僕の友人の一人は、ワシントンエリアでも大きなベアキャニスターを背負っていました。
出発のタイミングを見極める「4日間の待機」
6月第一週のシエラ入りは、アイスアックス(ピッケル)が必須と言われることが多いです。僕は米国の積雪量データ(Snow Information)を日々チェックし、諸事情もあったために数日間待機することになりました。ウィットニーに行く際には天候を確認した方がよいです。雨模様や曇り模様では、最悪の場合滑落してしまう可能性もあります。切り立った山沿いを歩く為、足を滑らせることが無いように、細心の注意を払いながらウィットニーには挑みましょう。
積雪と格闘するシエラの行程管理

シエラの最初の区間では「何マイル歩けるか」は重要ではありません。「何時にパスを越えるか」が、行程の全てを決定していきます。パス付近は積雪が多く、昼を回ってから通過すると危険が非常に大きいからです。行程を考える際には、パスまでの距離を意識しましょう。
「午前10時の壁」と早朝行動
マザーパスを超えるまでの区間は、積雪による足の踏み抜き(ポストホール)に非常に苦労します。また、雪の影響で本来の登山道を歩いていない為、非常に危険です。踏み抜いた瞬間、足が岩に衝突してケガをすることもありました。
- 理想の行程: 前日にパスのふもとまで移動し、早朝5時くらいにテント場を出る。雪が締まっている午前中にパスを越え、安全にパスを下山する。
- 10時以降のリスク: 雪が緩むと足が嵌まって進めないだけでなく、パスの下りで滑落する危険が激増します。実際に滑落したハイカーを皆で引き上げる場面にも遭遇しました。また、踏み抜いた際に怪我をする危険もあります。
基本的には雪がしまっている時が安全で、締まっていない時へ危険です。たいていの場合、毎晩の冷え込みで雪が凍るので、早朝抜けると安心安全です。多くのハイカーが同じような行程で行動するので、仲間を作るチャンスでもあります。
安全第一の15マイル行程
高低差が激しく、雪の状況も不安定なため、マザーパスまでは1日15マイル(約24km)程度に抑えた行程を組みました。次のパスの麓に昼過ぎには到着し、翌朝のチャンスに備えて就寝するというリズムが、最も安全で効率的です。累積獲得標高はソコソコある印象ですが、余裕で20mileは歩くことが可能です。
標高3000m近くを歩くこともあり、毎朝の冷え込みは苦しい反面、日中はすごしやすかったです。度重なる川渡り(渡渉)では、足先が痛くなるほど冷たくて苦労しました。
実体験から語る:主要パスの攻略とトラブル

フォレスターパス(PCT最高峰)の洗礼
PCT最高地点のフォレスターパスは、僕が行った時は一面の雪化粧でした。登山道は全く見えず、湖も凍り付いて表面には雪が残っていました。トレイルが見えず、パス直前の登りは急斜面を直登するしかありません。 ここで足を踏み抜き、膝を強打。この怪我が原因で、その後2週間は痛みとの戦いになりました。強打した足を引きずってでも歩く必要があるし、判断の難しい所であるため、通過時間には注意が必要です。
また、パスを通過した後は多くのハイカーが雪山を滑り降りていきます。ズボンがびっしょりと濡れてしまいますが、歩いて降りていく方は非常に珍しいです。完全に滑って降りていく人の方が多い為、日本のようにはいきません。ただ、斜面も相当に急であり、そもそもチェーンスパイク(マイクロスパイク)で歩いて降りる方が難しかったです。
ウィットニー山と高地順応
シエラに入ると一気に標高が上がります。ウィットニー山は、アメリカ本土最高峰という事もあり、本当に標高が高くなります。サイドトリップでウィットニー山に登るなら、高地順応は必須です。空気が澄み渡り、雪解け水がこの世のものとは思えないほど美味しいのが救いです。多くのハイカーが朝日を目指して深夜1時ほどに出発していきます。歩くペースに寄りますが、大抵の場合は間に合うでしょう。
しかし、道が分かりずらく歩くにしてもヘッドライトでは心もとない状況です。多くのハイカーが、一番近くのテント場にテントを張って備えています。そこでキャンプする際に、ほかのハイカーに声をかけて、道案内を頼みましょう。安全第一です。結果論で語るなら簡単でしたが、夜間ハイキングになれていない人が、一人で歩くのは無理だと思います。
シルバーパスの絶景
個人的に最も感動したのがシルバーパスです。ここを越えれば「何とかなる」という安堵感とともに広がる、アメリカの広大な山々は圧巻でした。日本にはないスケール感に、疲れも吹き飛びます。なお、シルバーパスに登った時は昼過ぎであったため、パス付近の積雪には非常に苦労しました。雪の上を滑り台を滑るように滑って下山しました。
場所はVVRというリサプライスポットのすぐあとです。川沿いをずっと登っていくことになりますが、登りは途中から急登になります。反対側からくる人も少ない為、VVRで英気を養っておくとよいでしょう。
補給と生活の知恵:VVRと水事情

補給の難所:VVR(バーミリオン・バレー・リゾート)
シエラ後半のリサプライでは、VVRを利用するのが一般的です。ただし、リゾート価格には覚悟が必要です。また、お金があるハイカーは20ドル支払って船で移動できますが、僕のような貧乏には難しいです。僕は大人しく、片道7mile近く歩いてVVRに向かいました。
- 費用: 特に贅沢をしていなくても、食事や補給で100ドル近くかかり驚愕しました。
- 文化: 読めない英語の本をハイカー同士で一緒に眺めるような、不思議で豊かな時間が流れる場所でもあります。難所を越えたハイカー同士、緊張感がなくなり交流が活発になります。思い出話が多い所です。
インディペンデンスへの下山
リサプライ(補給)のためにインディペンデンスの町へ向かいましたが、トレイルから町へ降りるだけで片道3時間。この「寄り道」の過酷さもシエラならではです。シエラ区間では、街に寄る為にサイドトレイルを歩くことが多く、その距離も長いので補給する際には考慮するべきでしょう。シエラ区間では、近くの町に移動するのにも苦労をしました。インディペンデンスに向かっても、リサプライできるところはない為、近くの町にバスで移動する必要があります。
水と虫の対策
- 水場: シエラは水が豊富です。1L程度のボトルがあれば、地図を細かく確認しなくても水不足に陥ることはありませんでした。7月上旬くらいまでは朝晩の冷え込みがあるので、テントの結露には要注意です。
- 湖の罠: 美しい湖に足を浸すと、痛烈な冷たさに襲われます。渡渉する際には、足がひんやりと痛くなることに注意しましょう。渡った後はしっかりと足を乾かして歩くのがお勧めです。皮下脂肪が厚くない限り、泳ぐのは危険です。
- 蚊のトラウマ: ヨセミテ付近の湿地帯は蚊が大量発生しています。視界が蚊で埋め尽くされるほどの大群に襲われ、しばらくトラウマになりました。ヘッドネットは必須ですが、視界一杯に蚊が広がるので視覚情報が苦しい事になります。
最後に-シエラを歩くあなたへ-
シエラ区間は、PCTの中で最も過酷ですが、最も「自由」を感じられる場所です。広大な山々を身近に感じながら、ゆっくりと歩いていけます。釣竿をもって釣りをしている人もいるし、歩行距離の頭打ちがあるからと、昼寝をしているハイカーもいます。僕も昼寝をしたり湖を眺めながらのんびりしました。かの有名なJMTと多くの部分で交差しているので、景観の良さは保証付きでしょう。
- 熊への備え: 実際に遭遇しましたが、ベアキャニスターがあるという安心感は精神的に大きな支えになります。稀に襲われることがあるので、注意しましょう。
- 装備の過信は禁物: アイスアックスがあっても、トラバース(斜面の横断)は常に危険と隣り合わせです。使い方を知り、可能であれば日本で練習しておきましょう。
危険は多く、救助隊に救助された仲間もいます。しかし、その危険を冒してまで歩く人がいる、その価値がある場所だと僕は思います。景観に気を取られ、疲労から注意力が散漫になることに注意しつつ、思い切り楽しんでください。

