登山では「登りは問題ないのに、下りになると急に膝が痛くなる」という経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。実は僕も、膝を痛めた一人です。
最初は少し違和感がある程度でしたが、そのまま歩き続けた結果、シエラ山脈を抜けた頃には右膝が大きく腫れ上がりました。下りでは一歩踏み出すたびに激痛が走り、街へ到着した時には仲間から心配されるほどの状態でした。
なぜ登山では下りで膝が痛くなるのか

登山では登りよりも下りで膝を痛める人が圧倒的に多くなります。これは偶然ではなく、人の身体の仕組みに理由があります。避けようがない部分ではありますが、メカニズムを把握して対策することが重要です。
下りでは膝へ体重の数倍もの衝撃が加わる
下り坂では、着地するたびに膝がブレーキの役割を担います。特に太ももの前側にある大腿四頭筋は、筋肉を伸ばしながら力を発揮する「遠心性収縮(エキセントリック収縮)」を繰り返しています。この動きは筋肉への負担が非常に大きく、長時間続くと疲労や微細な損傷を引き起こします。
さらに下りでは、体重だけでなくザックの重さも加わります。歩き方や傾斜にもよりますが、膝には体重の3〜5倍、大股で踏み込むような歩き方ではそれ以上の衝撃が加わることもあります。
登りでは平気だったのに、下りで突然膝が痛くなる人が多いのは、この衝撃が積み重なって限界を超えるためです。
荷物は軽い方が足への負担は少ない
下りの時はザック重量+体重の、約四倍の力が膝に加わってます。自分の体重を落とすことは勿論有益ですし、はやりのULも十分有効です。ULに成功して荷物の重量が10kgほど軽くなるのであれば積極的に行いましょう。一方で、そこ100gの為に多大な危険を含む場合にはやめておくべきだと思います。
「膝の筋力不足」が原因とは限らない
膝が痛くなると、「筋力が足りないからだ」と考える人は少なくありません。もちろん筋力は重要ですが、それだけが原因ではありません。ただ、それだけが理由であると決めるには早計です。
- 太ももの筋肉が硬くなっている
- 股関節の動きが悪い
- お尻の筋肉を使えていない
- 歩幅が大きすぎる
こうした要因が重なることで、膝だけへ負担が集中してしまいます。近年では海外のスポーツ医学でも、「Dead Butt Syndrome(お尻の筋肉が十分に使えていない状態)」が注目されています。
普段から座る時間が長かったり、お尻の筋肉を使う習慣が少なかったりすると、登りでは前ももの筋肉ばかりを使ってしまいます。
すると山頂へ着く頃には前ももが疲れ切り、その状態で最も負荷の大きい下りへ入るため、膝を支えられなくなるのです。つまり、膝が痛いからといって原因が膝にあるとは限りません。
僕がPCTで膝を壊した時も原因は下りだった
僕が膝を痛めたのも、まさに下りでした。登りでは多少疲れる程度でしたが、下りになると一歩踏み出すたびに右膝へ鋭い痛みが走ります。最初は「少し休めば治るだろう」と思っていました。
しかしロングトレイルでは、そう簡単に休めません。次の町まで何十kmも歩かなければならず、そのまま歩き続けるしかありませんでした。
結果的に膝はさらに腫れ上がり、街へ到着した頃には歩くことすら辛い状態になっていました。
今振り返ると、痛みを我慢して歩き続けたことも問題でしたが、それ以前に下りで膝へ負担を掛ける歩き方を続けていたことが、一番の原因だったと感じています。
膝を痛めた状況
ひざを痛めた時は荷物は25kgで、体重は徐々に痩せてしまっていました。そして、急な下りを何度も一日の間に繰り返し下るような状況で、足を雪で滑らせて庇って歩いていたことも痛めた要因の一つでしょう。
痛みがなくなっても、無意識に膝を労わって歩いていたらしく、片足に負担が貯まる様な状況が続いていました。そして、長い下りを下っている時に、足を延ばした瞬間に違和感を覚えましたが、次の一歩を踏み出した瞬間に激痛が走りました。
全く前触れがなかったとは言いませんが、かなり急にきます。急に痛くなるので、当時は何が原因で痛み始めたのか、こんなに違和感があるのか。まったく理解できなかったのを覚えています。
下りで膝を痛めない歩き方

膝の痛みを防ぐためには、サポーターや薬に頼る前に歩き方を見直すことが重要です。実際、僕も膝を痛めてから歩き方を少しずつ改善することで、その後は以前ほど膝へ大きな痛みを感じることは少なくなりました。
歩幅を狭くして一定のリズムで歩く
下りになると、早く下山したい気持ちから無意識に歩幅が大きくなりがちです。しかし、大股になるほど着地時の衝撃は大きくなり、膝へ掛かる負担も増えてしまいます。登りでも下りでも、同じようにゆっくり小さな歩幅で歩くようにしましょう。
海外の歩行解析でも、下りでは「Short Steps(小刻みな歩幅)」が最も膝への負担を減らす歩き方として紹介されています。
歩幅を意図的に小さくして
僕自身もPCTでは途中から歩幅を意識的に狭くしました。速度は多少落ちますが、一歩ごとの衝撃が減るため、一日の終わりに残る疲労感が、変わりました。それは、数日間歩いてからですが、実感できました。
ロングトレイルでは一歩だけを見るのではなく、一日に何万歩も歩くことを考える必要があります。一歩を少しでも楽にすることが、結果的に最後まで歩き切ることにつながります。
疲れにくい歩き方については、こちらの記事でも詳しく紹介しています。
膝を伸ばし切らず「静かに着地」する
下りで最も避けたいのが、膝を伸ばしたまま「ドンッ」と着地する歩き方です。膝が伸び切った状態では筋肉が十分に衝撃を吸収できず、負荷がそのまま関節へ伝わってしまいます。そのため、下りでは膝を少し曲げた状態を維持し、筋肉をクッションとして使うことが大切です。
僕が目安にしているのは、「着地音をできるだけ立てないこと」です。
音を立てずに歩く
登山では「猫のように歩く」と表現されることがありますが、まさにその感覚です。静かに着地できている時は、関節や筋肉が衝撃を上手く吸収できています。
反対に、足音が「ドンドン」「バタバタ」と大きくなっている時は、無意識に踏ん張ってしまっている可能性があります。
もちろん急斜面やガレ場では踏ん張る場面もありますが、通常の登山道であれば、なるべく静かに歩くことを意識すると膝への負担はかなり変わります。
後ろへ体重を残さず重心を滑らかに移動する
下りが怖くなると、多くの人は腰が引けて後傾姿勢になります。一見、安全そうに見える姿勢ですが、実際には膝へ大きなブレーキを掛け続けることになります。
さらに、万が一滑った時は足が前へ流れやすくなり、尻もちをついたり転倒したりする危険もあります。僕も膝を痛める前は、この後傾姿勢になっていることがよくありました。後ろ荷重は危ないです。
現在意識しているのは、極端な前傾ではなく「足裏の中心付近へ重心を乗せ続けること」です。後ろ足に体重を残さず、着地と同時に重心を滑らかに移動させることで、ブレーキを掛ける動作が減り、自然と衝撃も小さくなります。
大げさな表現かもしれませんが、前傾姿勢気味で丁度良いかなという感じです。
トレッキングポールは「足より先」に突く
トレッキングポールは、膝痛対策として非常に有効な道具です。ただし、持っているだけでは効果は十分に発揮できません。よく見かけるのが、足と同じ位置や真横にポールを突いている歩き方です。
これでは身体を支える時間が短く、膝への負担を十分に分散できません。下りでは、踏み出す足よりも少し先へポールを突き、腕と体幹で体重を受け止めてから足を着地させるようにします。
この順番を意識するだけでも、膝へ掛かる衝撃はかなり軽減できます。また、ポールは一本よりも二本で使用した方が荷重を分散しやすく、海外の研究でも下肢への負担を10〜20%程度軽減できることが報告されています。
下りに入る前は靴紐を締め直す
意外と見落とされがちなのが、靴紐です。登りでは問題なく歩けていても、下りでは足が靴の中で前へ滑りやすくなります。すると、つま先が靴へ当たるだけでなく、無意識に踵から着地する歩き方になりやすくなります。
その結果、膝へ余計なブレーキが掛かり、痛みにつながることも少なくありません。
海外のロングハイカーの体験談でも、「下りの前に足首周りの靴紐を締め直しただけで膝の痛みが改善した」という話は珍しくありません。僕自身も、下山前には必ず靴紐を確認するようになりました。数十秒でできることですが、その後の歩きやすさは大きく変わります。
膝痛を防ぐために普段からできること

歩き方を見直すだけでも膝への負担は大きく減らせます。しかし、それだけでは十分ではありません。普段から身体の使い方を整えておくことで、登山中の膝痛を予防しやすくなります。ここでは、僕自身が意識していることなどを紹介します。
お尻の筋肉を使えるようにしておく
最近のスポーツ医学では、「Dead Butt Syndrome(デッド・バット・シンドローム)」という考え方が注目されています。簡単に言えば、お尻の筋肉が十分に使えていない状態です。
デスクワークなどで長時間座る生活を続けていると、お尻の筋肉は徐々に働きにくくなります。すると登山では、お尻ではなく前ももの筋肉ばかりを使って登るようになります。前ももだけが疲れ切った状態で下りに入れば、膝を支える力が足りなくなり、痛みにつながりやすくなるというわけです。
登山前に心がけたい事
- 足を後ろへ蹴り出す運動
- スクワット
- ヒップリフト
などで、お尻の筋肉を軽く刺激しておくだけでも歩きやすさが変わります。特別なトレーニングというより、「お尻を目覚めさせる」「ちょっと意識してみる」くらいの感覚で十分です。
太ももや股関節の柔軟性を保つ
筋肉が硬くなると、衝撃を吸収する能力も低下します。硬くならないように注意する必要があります。特に、大きな筋肉は注意しましょう。
- 大腿四頭筋(前もも)
- ハムストリングス(もも裏)
- お尻
- 股関節周り
簡単なストレッチをするだけでも、変わります。登山前後に軽くストレッチを行うだけでも、歩きやすさは変わります。
特に長時間車を運転して登山口へ向かった場合は、身体が固まっていることが多いため、歩き始める前に数分でも身体を動かしておくことをおすすめします。
痛み止めで無理に歩き続けない
ロングトレイルでは、鎮痛剤を飲みながら歩く人も少なくありません。しかし、海外ハイカーの体験談では、「痛み止めでごまかして歩き続けた結果、さらに大きな怪我につながった」という話も数多くあります。
痛みは身体からの警告です。その警告を無視して歩き続ければ、腱や軟骨へのダメージが大きくなってしまう可能性があります。
痛みを無視したら痛い目を見た
僕自身もPCTで膝を痛めた時、「あと少しだから」と無理をした結果、症状を悪化させてしまいました。もちろん、すぐに下山できない状況もあります。
しかし、歩き方を見直したり、休憩を増やしたり、状況によっては下山を判断したりすることも重要です。「歩けるから大丈夫」ではなく、「これ以上悪化させないためにはどうするか」を考えることが、長く登山を楽しむためには欠かせません。
膝以外にも痛めやすい部位がある
登山では膝ばかりに注目されますが、実際には他の部位にも負担が掛かります。特に痛めやすいのは次のような場所です。
| 部位 | 主な原因 | 対策 |
|---|---|---|
| 腰 | 重いザック・肩荷重 | 腰ベルトを正しく締め、骨盤で荷重を支える |
| 足首 | 浮き石・木の根による捻挫 | 慎重な足運び・必要に応じてテーピング |
| 股関節 | 大股歩き | 歩幅を小さくして歩数を増やす |
| 足裏 | 足底筋膜への負担 | 足裏に合ったインソールを使用する |
| 爪・つま先 | 靴の中で足が前へ滑る | 下り前に靴紐を締め直す |
これらは、歩き方や装備の調整によってある程度予防できます。膝だけを守ろうとするのではなく、身体全体への負担を減らすという考え方が大切です。
僕が膝を痛めて一番学んだこと
PCTで膝を痛めた時は、「このまま最後まで歩けるのだろうか」と本気で不安になりました。ロングトレイルでは、歩くことが前提です。痛いからといって簡単に引き返せるわけでもなく、ヘリコプターで迎えに来てもらえるような場所でもありません。
だからこそ、一歩一歩を大切に歩くことの重要性を身をもって知りました。それ以来、僕は「速く歩くこと」よりも、「楽に歩くこと」を意識するようになりました。
- 歩幅を小さくする。
- 一定のリズムで歩く。
- 無駄な動きを減らす。
- 下りでは踏ん張らず、身体全体で衝撃を受け流す。
一つひとつは小さなことですが、それを毎日何万歩も積み重ねると、大きな違いになります。登山では頑張ることも大切です。
しかし、何日も、何週間も歩き続けるロングトレイルで本当に重要なのは、「頑張りすぎないこと」でした。身体に余裕を残しながら歩くことが、結果として一番遠くまで歩ける方法だったのです。
痛み止めで誤魔化すしかない日もある
正直、救助を呼ぶのは簡単だが費用面や電波などの観点から呼べないこともある。最近はiPhoneにもSOS機能があるし、ガーミンのインリーチのような機械もあるので、比較的現在地や救助要請は簡単です。それでも、ある程度山を自分で降りる必要がある場合は、痛み止めでごまかして降りるしかありません。
とはいえ、疲労骨折など重大な時にはあまり役に立たないのが現実です。そういう事に陥らないようにしましょう。
足を捻るのは防げる
足首や膝を捻らないための対策はいくつかあります。ミドル〜ハイカットの靴を選んだり、登りと下りで靴紐のキツさを変えたりするのが基本です。
実は意外な対策として「中敷き(インソール)」を変えるのもおすすめ。足裏をしっかり支えることで、膝が内側に曲がってしまう「ニーイン現象」を防いでくれます。また、日常から「身体の真下に重心を置く」ことを意識しておくと、滑ってひやりとした瞬間でも、足首をグキッと捻らずに耐えられるようになります。
まとめ
登山で膝が痛くなる原因は、単純な筋力不足ではありません。下りで繰り返される着地衝撃や歩き方、筋肉の使い方など、さまざまな要因が重なって起こります。
- 下りでは歩幅を狭くし、一定のリズムで歩く
- 膝を伸ばし切らず、静かに着地する
- 後傾姿勢にならず、重心を滑らかに移動する
- トレッキングポールは足より先について衝撃を分散する
- 下り前には靴紐を締め直し、足が前へ滑らないようにする
- 普段からお尻や股関節を使える身体づくりを心がける
僕自身、6000km以上歩いてきた中で一番感じたのは、膝を守ることは、長く歩き続けることにつながるということでした。
だからこそ、「痛くなってから対策する」のではなく、「痛くならない歩き方」を身につけることが何より大切です。
これまでに執筆した記事


