登山では「登りは平気なのに、下りになると膝が痛い」ということがあります。僕自身、PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)を歩いている時に右膝を痛めました。僕が6,000km以上歩いてきた中で感じているのは、登山の膝痛は「膝だけの問題」と考えない方がいいということです。
下りでは身体を減速させるために脚へ大きな負担がかかります。そこへ長時間の歩行、重い荷物、急な斜面、疲労、歩き方の癖などが重なると、膝に負担が集中することがあります。
僕自身もPCTで膝を痛めましたが、振り返ってみると「これだけが原因だった」というものはありませんでした。
だからこの記事では、膝痛を防ぐ万能な方法を紹介するのではなく、僕が実際に膝を痛め、その後6,000km以上歩く中で変えてきたことを中心に紹介します。
登山で膝が痛くなるのは、下りで負担が積み重なるから

登山では、登りよりも下りの方が膝に負担を感じることがあります。下りでは身体が前へ進む力を止める必要があるため、脚の筋肉がブレーキのように働きます。
特に長い下りでは、太ももの前側にある大腿四頭筋を使って身体を減速させる動作を何度も繰り返します。一歩だけなら大きな問題にならなくても、それが数千歩、数万歩と続けば話は変わります。
- 長時間歩いている
- 荷物が重い
- 急な下りが続く
- 足場が悪い
- 疲労によって歩き方が崩れている
といった条件が重なると、身体の一部分に負担が集中しやすくなります。僕がPCTで膝を痛めた時も、原因は一つではありませんでした。
重い荷物を背負っていたこと、急な下りが続いていたこと、雪道で足を滑らせたこと、片足をかばうように歩いていたこと。そして、違和感が出てからも歩き続けたこと。こうしたことが重なって、最後に膝が耐えられなくなったのだと思っています。
下りで足の負担が増える事実
歩行の研究でも、下りでは膝関節のモーメントや筋肉が発揮する力が大きくなることが確認されています。つまり、「下りだから膝が痛くなる」というのは単なる登山者の感覚だけではありません。
特に問題になるのが、下りを一歩だけではなく、何百回、何千回と繰り返すことです。僕自身、PCTを歩くまでは「登りの方が大変だから、登りで脚が疲れる」と考えていました。
ところが実際に長距離を歩いてみると、登りで疲れた脚を使って、そのまま長い下りを歩かなければならないことがあります。登りで終わりではなく、そこから始まる下りまで含めて一日の負荷を考える必要がある。
これが、長距離を歩くようになってから僕が強く感じるようになったことです。
荷物が重いほど、身体への負担も増える
登山では、体重だけでなくザックに入っている荷物も一緒に運ぶことになります。日帰り登山ならそれほど気にならなくても、テントや食料を持つ縦走やロングトレイルでは、荷物の重量が大きくなります。
僕がPCTで膝を痛めた時は、荷物が25kgほどありました。今考えると、かなり重い荷物です。もちろん、荷物を軽くすれば必ず膝痛を防げるわけではありません。
ただ、何日も歩き続けるのであれば、必要のない荷物を減らして身体への負担を小さくすることには意味があります。僕は現在、装備を軽くする時も「100g軽くするために何かを削る」という考え方ではなく、安全性や快適性を損なわずに減らせる重量を減らすことを意識しています。
ロングトレイルでは、1日だけではなく、その荷物を何週間、何か月と背負うことになるからです。
僕がPCTで膝を痛めた時の状況
僕が右膝を痛めたのは、シエラ山脈を歩いていた時でした。当時は25kgほどの荷物を背負い、急な下りを何度も繰り返していました。登りでは、それほど大きな問題を感じていませんでした。
しかし、下りになると右膝に違和感が出る。それでも、次の町まで歩かなければならないので、そのまま歩き続けました。さらに、その前から雪の上で足を滑らせることがあり、転ばないように片足をかばって歩いていました。
痛みがなくなった後も、無意識のうちに膝を守るような歩き方をしていたのだと思います。
そうした状態が続いた後、長い下りを歩いている時に足を伸ばした瞬間、膝に違和感がありました。そして、次の一歩を踏み出した瞬間。右膝に激痛が走りました。「ちょっと痛い」というレベルではありません。
一歩踏み出すたびに痛みがあり、歩くことそのものが苦痛になりました。その頃には右膝も大きく腫れていました。街へ到着した時には、仲間から心配されるほどの状態です。今振り返っても、完全に前触れがなかったわけではありません。
小さな違和感はありました。ただ、当時の僕には、それがここまで大きな問題になるとは思っていませんでした。「少し休めば大丈夫だろう」「次の町まで行けば休める」そんな気持ちで歩き続けてしまいました。
この経験から僕が一番学んだのは、「歩ける」と「歩き続けていい」は別だということです。
下りで膝への負担を減らす歩き方

膝の痛みを完全に防ぐ歩き方があるわけではありません。登山道の傾斜や路面、荷物の重量、その日の疲労などによって状況は変わります。それでも、僕自身が膝を痛めてから意識するようになったことがあります。
下りの筋肉負担に関して
下りで特徴的なのは、筋肉が縮みながら力を出すだけではなく、伸ばされながら身体を支える動作が繰り返されることです。
こうした「伸ばされながら力を出す」運動は、遠心性収縮(エキセントリック収縮)と呼ばれます。
下り歩行を使った研究では、こうした運動によって筋肉痛や筋力低下などが起こることが確認されています。
僕がPCTで感じていた「脚そのものが壊れていくような疲れ」も、単純に歩いた距離だけでは説明できなかったのだと思います。
特に長い下りでは、登りとは違う種類の疲労が蓄積していきます。
だから僕は現在、ロングトレイルに入る前には「長い距離を歩けるか」だけではなく、長い下りを歩ける身体になっているかも考えるようにしています。
歩幅を小さくする
下りでは、歩幅を小さくするようにしています。急な下りになると、早く下山したい気持ちから、つい大股になってしまいます。しかし、大きく一歩を踏み出すほど、身体を止めるための動作も大きくなります。
そこで、僕は下りほど歩幅を狭くします。一歩一歩を小さくして、一定のリズムで歩く。速度は少し落ちるかもしれません。それでも、ロングトレイルでは一日の速度より、何日も歩き続けられることの方が重要です。
僕自身、PCTの途中から歩幅を意識的に狭くするようになりました。一歩だけを見れば大きな違いではありません。でも、一日に何万歩も歩くのであれば、その小さな違いが積み重なります。
「速く歩く」より「楽に歩く」。
膝を痛めてから、僕はこの考え方を強く意識するようになりました。
足音に注意する
もう一つ意識しているのが、足音です。下りを歩いていて、自分の足音が「ドンドン」と大きくなっている時は、身体に余計な力が入っていることがあります。そこで僕は、できるだけ静かに着地するようにしています。
「猫のように歩く」と言えば分かりやすいかもしれません。もちろん、ガレ場や急斜面などでは安全を優先する必要があります。すべての登山道で静かに歩けるわけではありません。
それでも、普通の登山道であれば、「今、足音が大きくなっていないか?」と確認するだけでも、自分の歩き方を見直すきっかけになります。
僕の場合は、静かに歩こうとすると自然と歩幅が小さくなり、着地も丁寧になります。結果として、以前よりも身体に余計な力を入れずに歩けるようになりました。
腰を引きすぎない
下りが怖いと、腰を後ろへ引きたくなります。僕も以前はよくやっていました。一見すると安全そうですが、腰が引けると足だけを前へ出して身体を止めるような歩き方になりやすくなります。
そこで現在は、極端に腰を引かず、足裏で地面を感じながら身体全体を少しずつ下へ運ぶようにしています。ただし、これは「前傾すればいい」という意味ではありません。急斜面では、前へ倒れすぎれば転倒につながります。
僕が意識しているのは、腰だけを後ろへ残さないことです。身体の真下に足を置くような感覚で、一歩ずつ重心を移動させています。
無理に速度を上げない
下りは登りより速く歩けるので、「早く下山しよう」と考えてしまいます。でも、膝に違和感がある時は、速度を上げるほど状況が悪くなることがあります。僕自身、PCTでは「次の町まで行かなければ」という気持ちが強く、痛みを抱えながら歩き続けてしまいました。
今なら、もっと早い段階でペースを落とします。ロングトレイルでは、1時間遅れることより、その後何日も歩けなくなることの方が大きな問題です。
トレッキングポールは下りで特に役立つ
膝への負担を減らすために、僕が現在積極的に使っているのがトレッキングポールです。ポールを使えば膝痛にならない、というわけではありません。ただ、下りで腕を使えるようになることで、脚だけで身体を支える状況を減らせます。
研究でも、下り坂でトレッキングポールを使用することで、膝関節など下肢への負荷が低下することが報告されています。僕自身も、急な下りや荷物が重い時には、ポールを使うことで歩きやすさが変わると感じています。
特に意識しているのが、足を着く前にポールを使うことです。足を踏み出してからポールを置くのではなく、先にポールを置き、腕でも身体を支えながら次の一歩を出します。
ポールをただ持っているだけではなく、「脚以外でも身体を支えるための道具」と考えると使い方が分かりやすくなります。
トレッキングポールについては、実際に長距離を歩いてきた経験をもとに、こちらの記事でも詳しく紹介しています。


下りに入る前に靴紐を確認する
意外と忘れやすいのが、靴紐です。登りでは問題なくても、長い下りでは靴の中で足が前へ動くことがあります。つま先が靴の先端に当たるようなら、歩き続けるだけでもストレスになります。
僕は長い下りに入る前に、一度靴紐を締め直すようにしています。特に足首周辺をしっかり固定しておくと、靴の中で足が動きにくくなります。これは膝だけではなく、つま先や爪のトラブルを防ぐ意味でも重要です。
数十秒でできることなので、長い下りに入る前の習慣にしています。
登山前にできる膝への対策
歩き方だけでなく、普段から身体を動かしておくことも大切です。ただし、僕は「この筋肉を鍛えれば膝痛を防げる」というような単純な考え方はしていません。登山では、筋力だけでなく、歩く時間、荷物の重さ、斜面への慣れ、疲労など、いろいろな要素が関係するからです。
下り歩行に身体を慣らしておく
ロングトレイルに行くのであれば、平地を歩くだけではなく、実際に下りを歩いておくことをおすすめします。特に長い下りでは、普段使わない筋肉に大きな負担がかかります。
最初から長時間歩くのではなく、短い距離から少しずつ慣らしていく。
僕なら、いきなり長い縦走へ行くよりも、事前に何度か山へ入り、登りだけではなく下りまで含めて身体を慣らします。
荷物を見直す
荷物を軽くすることも、身体への負担を減らす方法の一つです。特にロングトレイルでは、毎日同じ荷物を背負って歩きます。「いつか使うかもしれない」という理由で持っているものがあるなら、一度見直してみる。
ただし、軽量化を目的に安全装備まで削る必要はありません。僕は、軽さそのものを目的にするのではなく、安全と快適性を維持したまま、不要な重量を減らすことが重要だと考えています。
登山前に身体を動かしておく
登山口まで長時間車を運転した日は、身体が固まっていることがあります。そんな時は、歩き始める前に軽く身体を動かします。いきなり大きな動きをするのではなく、脚を動かしたり、股関節を動かしたり、軽く歩いたりする程度です。
特別なことではありません。でも、長時間座ったままの状態から、いきなり急登を歩き始めるよりは、身体を歩く状態へ切り替える時間を作った方がいいと僕は考えています。
膝が痛くなったら、歩き続ける前に立ち止まる
ここは、僕自身が一番後悔している部分です。PCTでは、膝に違和感があっても歩き続けました。
- 次の町まで行かなければならない。
- 仲間についていかなければならない。
- 予定を変更したくない。
いろいろな理由があり強行して、結果として膝は悪化しました。だから今の僕は、痛みが出た時に「まだ歩けるから大丈夫」とは考えないようにしています。
もちろん、山の中では簡単に下山できないこともあります。次の安全な場所まで移動しなければならないこともあるでしょう。
- 休憩して状態を見る
- ペースを落とす
- 行程を短くする
- 仲間に相談する
- 必要なら下山する
といった選択肢を早めに考えることが重要です。特に、強い痛みや腫れ、明らかな歩行困難、外傷などがある場合は、無理に歩き続けず、状況に応じて医療機関や救助を検討してください。
「歩けるから大丈夫」ではなく、「このまま歩き続けても大丈夫なのか」を考える。
これは、膝を痛めた僕が今でも意識していることです。
膝痛を防ぐために、僕が意識していること
ここまで紹介したことを、僕自身が山で意識している順番にまとめると、次のようになります。
| 意識すること | 僕がやっていること |
|---|---|
| 歩幅 | 下りほど小さくする |
| ペース | 無理に速度を上げない |
| 着地 | 足音を大きくしない |
| 姿勢 | 腰を後ろへ引きすぎない |
| ポール | 下りでは積極的に使う |
| 靴紐 | 長い下りの前に締め直す |
| 荷物 | 不要な重量を減らす |
| 疲労 | 違和感が出たら早めに休む |
| 痛み | 「歩けるか」だけで判断しない |
全部を完璧にできる必要はありません。僕自身も、毎回すべてを意識しているわけではありません。ただ、長距離を歩く時ほど「頑張って歩く」よりも、「身体に余計な負担をかけない」ことを優先しています。
僕が膝を痛めて一番学んだこと
ロングトレイルでは、歩くことが生活そのものです。一日休めば終わるというものでもありません。何日も、何週間も歩くのであれば、身体の小さな違和感を無視することはできません。
速く歩くことより、楽に歩くこと。
一歩を速くするより、一歩を少しだけ楽にする。歩幅を小さくする。無駄な力を抜く。ポールを使う。荷物を軽くする。疲れる前に休む。こうした小さなことを積み重ねる方が、長い距離では大きな意味を持ちます。
6,000km以上歩いてきた今でも、僕は「膝痛を完全に防ぐ方法」を知っているわけではありません。山では、予想していなかったことが起こります。
それでも、PCTで膝を痛めた経験があるからこそ、以前よりも身体の状態を気にしながら歩くようになりました。登山では、頑張って歩くことも大切です。
でも、長く歩きたいのであれば、頑張りすぎないことも同じくらい大切なのだと思います。
まとめ
登山で膝が痛くなるのには、さまざまな要因があります。特に下りでは、身体を減速させるために脚へ負担がかかりやすく、長時間の歩行や重い荷物、急な斜面、疲労などが重なることで、膝に違和感が出ることがあります。
僕自身、PCTで25kgほどの荷物を背負い、急な下りや雪道を歩き続けた結果、右膝を痛めました。膝を痛めると、「もっと筋力をつければよかった」「もっと良い靴を履けばよかった」と考えがちです。
どんな道を、どんな荷物で、どんな歩き方で、どれだけの疲労を抱えて歩くのか。その全部が積み重なって、一歩になります。だから僕は、これからも「速く歩く」より「楽に歩く」ことを大切にしたいと思っています。
長く歩きたいなら、身体を追い込むことだけが正解ではありません。身体に余裕を残して歩くことも、山を楽しむための大切な技術だと思っています。

これまでに執筆した記事

